利用事例

連載17回:株式会社 YAMATO 様

「ヒト指向型・マルチモーダル」で極める金融AI

 今ではすっかり耳慣れてしまった“フィンテック(FinTech)”という言葉は、AI・ブロックチェーンなどのIT技術のブレイクスルーを背景としており、もはや現代の金融はAIとは切り離せない関係にあると言えます。株式会社 YAMATO様はさまざまな金融機関向けに、グローバル市場での金融商品の取引きや信用リスクを判定するAIを提供しているスタートアップになります。今回は、自身が大手外資系金融機関で数値計算実務を担当し、その後、現在の会社を興した代表取締役の三浦様にお話を伺いました。


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株式会社 YAMATO

代表取締役 三浦 宗介 様


偶然飛び込んだ国際金融の世界


― ホームページを拝見したところ、会社の設立がABCI稼働と同じ2018年8月ということでしたので非常に親近感を抱いております。

三浦 宗介(以下、三浦):

 ありがとうございます。自分はずっと金融業界でサラリーマンをしてきたんですけれど、自分で会社を興す上で、お金儲けだけではなくプラスαで何かしたくて「金融と人工知能を通して日本社会に貢献するサービスを提供すること」を目指してやっています。今は主に金融分野のAIを手掛けていますが、おかげ様で“Plug and Play Japan”というシリコンバレーのアクセラレーションや、”Microsoft for Startup”というアクセラレーションにも採択されました。

 当社は、サービスとしては、「ヒト指向型・マルチモーダル」なAIというものを提案しています。自分は、単純に子供が好きだった事もあり、大学時代は情報科学専攻だったのですが、並行して認知科学や発達心理学も学んでいました。修士・博士課程の時には、子供の学齢に合わせて学習テーマを選んで、マルチモーダル(一つの感覚器ではなく複数の感覚器)から情報を提供する学習支援システムを開発していたんです。子供ってそもそも脳の発達順序が決まっていまして、学齢によって何が学習できて、何が学習できないかということが、概ねわかっているので、学齢に合わせて学習できるテーマを選びながら学習支援していかないとうまく学習が進まないんですね。


― すみません、少し横道に逸れちゃうのですが、子供が好きで認知科学の研究をされていて、なぜ金融に行かれたんですか?

三浦:

 えーと、博士まで取っちゃうと、当時の日系企業では入れてくれないって言うんですか…、もう外資系のコンサルティング会社か金融機関くらいしか募集がなかったんです。で、たまたま外資系の金融機関にインターンに行って内定をもらったので、そこは完全な成り行きでした(笑)。

 でもまさに、今やっている当社のAI開発手法が当時の研究とマッチしているんです。自分達はニューラルネットワーク専門でやっているのですが、やっぱりニューラルネットワークは人間の脳を模しているので、AIの開発も人間と同様の認知プロセスに沿って学習難易度を徐々に上げていったり、そのプロセスに応じてデータ入力方法を変えていった方が、学習が早いし精度も上がるんです。例えば自分達のサービスは資産運用とリスク計測になるんですけれど、資産運用であれば、ファンドマネージャーとかトレーダーが、どんな情報に基づいて何を考えながら取引きをするかを考慮しながらマルチモーダルな情報を入力として使い、自分が金融機関で働いてきた経験・知識をもとにAIを開発しています。


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図1.ヒト指向・マルチモーダルとは


ベテラントレーダーと同じように振舞うAI


― なるほど、資産運用だと恐らくは予測に関するAI、リスクの方も与信などで使われるイメージでしょうか?

三浦:

 そうですね。でも実は金融機関で言う「リスク」って、もう部署によって全然意味合いが違うんです。大きな銀行一つとってみても、基本融資をしているイメージがあるので「リスク=与信」ってなると思うんですけれど、一方で為替や、国債・社債などの有価証券の取引もしていますよね。その場合、為替の人が「リスク」って言うとボラティリティという、価格が過去の一定期間でどのくらい動いてきたかの標準偏差をいじったものを「リスク」と言ったり、国債・社債の人だったら、デュレーションや金利感応度と言われる、要は偏微分みたいなものを「リスク」って言ったり、また、リスク管理部であればValue at Risk と呼ばれる10日後の資産価値の最悪シナリオをリスクと呼んだり、もう本当に全然変わってくるんです。一応自分達が今までやってたリスクは、いわゆる「与信」と呼ばれる、倒産するかしないか、延滞しそうなのかどうなのかを判断するものではあるのですが、最近はVaR的なリスクに関する相談も受けるようになってきました。

 あと、資産運用の方は「予測」というのは基本的にやってなくてですね…


― ちょっと違うんですね。

三浦:

 「予測」だと、結局人間が確実に必要になるんですね。例えば、為替で言えば米国雇用統計の発表前などは、プロである機関投資家はリスクを取りたくないのでポジション1を落としたり、他にも四半期決算のために益出ししないといけないので騰落の如何に関わらず売ったりするんです。そうすると「上がる/下がる」というような単純な時系列の予測だけでは十分ではないんですね。また、大きな運用会社になると、運用しているお金も平気で1兆円という単位になってしまうので「上がる」という予測だけである銘柄をバンって投げられないんです。それがそのままマーケットインパクトになってしまうので。通常、経験を積んだ人間のトレーダーは、そのような事を考慮しながら、どのタイミングで、どのくらいの量を、どのように売るのか/買うのかを決めるんですけど、当社のAIも全く同じように取引の判断を決めていくものになります。

 あと、リスクの方も、例えば与信の場合、普通の深層学習だと教師データがあって、出力は「倒産する/しない」の2択なわけですけど、漠然と学習させるとただの2値分類になってしまうんです。でも、実際に与信判断をする人は、この項目は重要視してこの項目はあまり気にしない、などがあるので、当社では複雑系や強化学習のフレームワークを使うことによって、「何かわからないけれど学習した」ではなくて、重点的に見たい項目に注視させて自分達が求めているような学習をさせる方法を用いています。


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図2.与信判断におけるニューラルネットワーク出力制御の例


トランプさんが余計な一言をいったら・・・


― 先ほど「ヒト指向型・マルチモーダル」の資料で、言語情報というのがあったのですが、何か対話用のモデルも作ろうとされているんですか?

三浦:

 いえ、あくまでこの資産運用とリスクの両方のAIに埋め込むためですね。

 今はまだ数値情報しか入れてないのですが、「ヒト指向型・マルチモーダル」って人間と同様の多種類情報を入れたい訳です。そうするとやっぱり金融市場だとトレーダー同士の会話であったり、あとは当然ニュースで流れる情報も見たいですよね。例えば昔あったのは、トランプさんが日曜に一言余計なことを言うだけで…


― はいはい(笑)。

三浦:

 それって、金融の数値情報にはもう、そもそも情報として含まれてないので判断しようがないんですよ。発言があってから金融市場が反応して、初めて数値情報に織り込まれるので、そうするともう時差が生まれちゃうじゃないですか。それは困るので、発言が出た時点でちゃんとAIが同時に情報として取らないと、人間と差ができちゃうって言うんですか。そういう意味で言語情報も取り込まないと人間のトレーダーと戦えないということなんです。


― なるほど。そこに繋がってくるわけですね。

三浦:

 ここ1年かけて準備をずっとしてまして、自然言語の場合って、まず文章を形態素解析して単語に分割して、それをOne-hot ベクトル2に変換して事前学習させて、そこから自然言語モデルに行くと思うんですけど、自分達は金融専門なので、経済面のニュースを見ながら形態素解析が上手くできるよう、手作業で金融用語の辞書を作るところから開始したんです。今はその辞書作りが終わったので、一般的な日本語辞書にはない「無担保コールオーバーナイト」「五糸あま」などの専門用語も正しい意図で単語分割できます。これから事前学習モデルを作る段階ですね。


創薬研究に近い金融系AIの開発


― 製品やサービスの開発にあたって金融業界ならではの苦労などもあるのでしょうか?

三浦:

 そうですね、創薬とか製造とかモノづくりをされてる企業様って、自社に研究所を持っていたりするので、研究というものは1年とか2年かかることもあるのを理解されていると思うんですが、金融機関の方だと感覚が少し違うので、例えばPoCとかでも、とてつもなく短い期限で依頼されてくるんですよね。これまでで一番短かったのは1ヶ月ですかね。


― なかなかすごい無茶振りですね。

三浦:

 いきなり初見のデータを渡されて、もう、クレンジングなんかできないんですよ。クレンジングやり始めたら時間が終わっちゃうので。その時は本当にもう主成分分析とか非線形変換をして、とにかく別次元に飛ばして、みたいな感じで何とか対応はしましたけど(笑)。

 あと、やっぱりこの開発期間が短いというのと関係しているんですけど、金融系のAIの場合って結局お金が関わってくるので、ある意味では命に係わる創薬研究に近い分野だと個人的には思っています。モデルができたから、と言ってすぐにモデルの使用を開始できないんです。やっぱりお客様の資産というのはすごく重要だと思うので、たとえシミュレーション上、どれだけ精度の良いモデルができたとしても、実際の金融市場では動きが違う場合なども当然出てくるし、お客様のお金を毀損させないためにもある程度様子を見たいというのがあるんですよね。ただ、金融分野の方にはその辺を理解してもらいづらいというのがあって結構苦労しています。

 でも今お話したようなシビアな環境でずっとやってきているので独自の技術・ノウハウはすごく溜まりました(笑)。こういう分野できちんと成果を出すには、もう純粋なAIだけでは無理なので、複雑系とかロボット工学、オペレーションズリサーチや金融工学みたいな実践的に使える理論やアルゴリズムを混ぜて応用を考えないと成果が出せないんですよ。本当にそういうことの繰り返しですね。


セキュリティのシビアな分野でもABCIは活用できる


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社内の開発環境


― ABCIはどんなきっかけで利用いただくようになったのでしょうか?

三浦:

 研究者仲間に聞いて使い始めたという感じです。金融系の場合って、時には個人情報を含むデータを扱いますし、いろいろセキュリティとか情報に対する制約が多いので、基本的にネットワークは外部に一切繋がないですし、Wi-FiとかBluetooth系も全部外してみたいな完全なイントラ環境の中で実際のモデルを作っています。

 ですのでABCIを使わせてもらうのは、一般的な学習と言うのでしょうか、先ほどの自然言語だったり誰でも使えるデータでの事前学習などをやったりしています。


― 金融のようなセキュリティのシビアな分野でもABCIが活用できる部分はあるんですね。他には何かメリットはありましたか?

三浦:

 あとはやっぱり価格かなと。自分達が強化学習をやる場合、普通に6ヶ月とか連続で回し続けるんですけど、だいたい3ヶ月商用クラウドを使うとサーバーを買った方が安いですね。強化学習の場合、GPU依存でいける深層学習と違って、GPUで勾配計算したらいったんシミュレーションしなきゃいけないので、CPUも当然速くないといけない。なので、自分達もサーバー購入のときには、目的の計算にあわせてCPUとGPU、バスの通信速度、メモリのクロック数と読込/読出し全てで高速なもので、オーバークロック出来るか、などを考えた構成になるんですよ。

 一般の商用クラウドで同じスペックを求めると高額になりすぎて使えないんですけど、ABCIくらいの価格になると、一番高いインスタンスはCPUも本当は2個でコア数もすごい多いんですが、例えば実際にはCPUは1個しか使わずに、あとはGPUだけみたいな使い方をしても価格的に優位なので使わせてもらっています。


― 今後の抱負などあれば教えて下さい。

三浦:

 今は強みを持っている金融分野に特化していますが、自分はやっぱり日本の社会に貢献したいという思いが強いです。ただ「エコ」とか「脱カーボン」とかみんながやっている分野は自分が手を出す必要は無いと思っているんですね。ですので、当たり前すぎて誰も意識をしていない、例えば日本の安全を維持してくれている方々とか日々の生活を守ってくれている警察のような方々には、できれば自分達の持っているAIノウハウで貢献できたら良いなと思っています。

 ただ、現状では日本の官公庁の入札って、事実上自分達のようなスタートアップだとちょっと無理なんですよね。そこが悩みと言えば悩みになるのでしょうか。今は産学官の連携などで貢献できる道を模索中です。


株式会社 YAMATO https://yamato.inc/


  1. 信用取引や先物・オプション取引、外国為替取引などで、手じまいされずに未決済のまま残っている取引の状態(持ち高)のこと。 

  2. (0,1,0,0,0,0) のように、1つの成分が1で残りの成分が全て0であるようなベクトルのこと。RNN などの系列データを入力する場合に用いられる行列表現の一つ。