利用事例

連載21回:株式会社前川製作所 様

画像認識で食肉から骨を見つけ出す、食肉加工機械の進化

 昨今、AIの認識技術の進歩により人や車などさまざまな物体が認識・識別できるようになってきました。またAIを活用する現場も増えており、オフィスをはじめ医療や工場などさまざまな場所でAIが利用されています。株式会社前川製作所様は、食肉加工工場向けの自動機器において約30年の開発・販売実績がありますが、今ではAIを利用して食肉から骨を検出し機械で骨を取り出す製品を開発し、食肉処理工場の生産効率向上に貢献していらっしゃいます。

今回、同社の技術研究所の山下様、ロボットプロダクツ佐久部門の徳山様、木村様にお話をお伺いしました。


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(写真左から)

株式会社前川製作所

モノつくり事業本部 ロボットプロダクツ佐久 木村 憲一郎 様、徳山 孝太郎 様、寺田 直人 様、 山本 巴 様


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(写真左から)

株式会社前川製作所

技術企画本部 技術研究所 知能システム技術グループ 山下 智輝 様、村並 広章 様、山上 龍一 様、徳本 大 様、野明 智也 様、平山 潤太 様


鶏肉・豚肉から骨を取り出す作業を自動化する食肉加工機械を開発


― 御社が携わっている事業も含めて御社のプロフィールをご紹介いただけるでしょうか?

山下 智輝(以下、山下):

 前川製作所は、実は食品機械のメーカーではなくて産業用冷凍機のメーカーです。創業は大正13年で、2024年で創立100年を迎える歴史のある会社です。長野県佐久市の佐久工場が食品機械の開発拠点になっており、本社は東京都江東区です。従業員数は約5000人で、国内だけでなく海外もグローバル展開している会社です。

 そもそも産業用冷凍機はどのようなものかと言うと、例えば市場にあるような冷凍倉庫や食品工場の製造ラインで使われる大型フリーザーなどで利用されています。このような大規模な冷凍機を作っている会社で、冷凍機に必要な圧縮機や冷却システム、他にはプラントエンジニアリング、コンサルティングも手掛けています。

 産業用冷凍機のメーカーが食品加工機械を手掛けるきっかけは、サービスマンが冷凍機のメンテナンスに行った際に食品メーカーさんが「鶏肉から骨を抜く機械を作ってくれないか?」と相談を受けたのがきっかけと聞いています。最初に作ったのが鶏肉のもも肉から骨を抜くロボットで、それから食品機械が事業分野の一つになり、現在に至るところです。

 鶏のもも肉から骨を抜くロボット「トリダス」を最初にリリースしたのが1992年で約30年ぐらい前です。これを一つの核として豚肉にも展開する形でさまざまな食肉加工機械を展開しています。食肉の除骨作業を自動化する試みを進めており、従来ライン生産方式だったものをコンパクトにしてセル生産方式に対応した「セルダス」を最近開発しました。日本食品機械工業会主催で今年から開設された「FOOMAアワード」で、「セルダス」は第一回の最優秀賞を頂きました。なお、セルダスは佐久のメンバーと技術研究所(茨城県守谷市)のメンバーと共同で開発に取り組んできました。


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図1. 食肉加工ロボットシステム
(左:トリダス、右:セルダス)


一つとして同じものがない食肉を画像認識で判定する


― 御社のサイトを拝見させていただきましたが、これまでX線画像や可視画像を使った認識技術で自動化はすでに着手されていたようですが、どのような経緯でABCIを利用することに至ったのでしょうか?

山下:

 例えば対象の豚は季節ごとに生育状況がばらばらで、X線の画像処理では閾値のパラメータ調整で全部の豚肉を処理できず、都度パラメータ修正する必要がありました。ある程度マージンも取りながら処理するなど納入先の現場で試行錯誤の繰り返しでした。

 そのような状況でディープラーニングが2015年ぐらいに日本にも出てき始めて、私もその技術に可能性を感じてさまざまな基礎検証を行い始めたり、また同じころにロボットプロダクツ部門の徳山がSemantic Segmentationで豚肉のX線画像から骨の領域を検出する機能を試作したりと、比較的早い時期からディープラーニングに取り組んできました。その後弊社独自でさまざまなユニット、システムへ展開して現在に至っております。

 実は豚肉処理のロボットシステムは日本より海外のほうがよく売れていて、また協力的なお客様は海外に多く、よく海外で長期のフィールドテストを行っていました。ディープラーニングをやってみた時の環境はいわゆるオンプレミスのワークステーション環境で、ここに画像データを打ち込んで学習させることをやっていました。しかし海外現地での検証の時は海外にワークステーションを持ち出すわけにもいかず、海外現地でモデルが良くないからもう一度モデルを作り直す時に、データを現地から日本に送って日本のワークステーションで学習して再度海外の現地に送る、ということを繰り返していました。これは非常に大きいタイムラグでした。そうこうしていると商業のクラウドサービスが展開されましたが、課金制がネックになり導入が難しかったところに2018年に産総研さんがAIクラウドをやると聞き、その後多少時間はあいたものの2021年より従量制のABCIを利用するに至りました。

徳山 孝太郎(以下、徳山):

 単純にオンプレミスで学習をやっているとマシンスペックにどうしても限界が来てしまい、GPUの性能に合わせて学習を合わせこむ、ということをずっと続けていました。その点ABCIは柔軟にGPU何枚使うとか自分で変えられるのが非常に魅力的でした。 「本当はこれやりたいのだけどなあ」というハードウェアのボトルネックがずっとあったのですが、ABCIでは基本的にハードウェアの上限が取り払われるので、この点がABCIを導入した点の1つでもあります。


― オンプレミスからABCIに切り替えて性能も向上しましたが、そもそも認識対象の豚肉の表面から骨の断面を認識するのは根本的に難しかったのではないでしょうか?

山下:

 ディープラーニング導入前は三次元画像処理からどうにか断面を見つけようとしたのですが、全然上手くいかなかったですね。照明が少し変わっただけで条件が変わり検出できるかどうか、というのが日常茶飯事でした。パラメータチューニングにも限界を感じていました。

徳山:

 やはり生もので1つとして同じものがない状態で、弊社ではこういった対象を「不定形軟弱体」と呼んでいますが、1つ1つ個体差もあって全然違うし、軟弱で変形もするので従来のルールベースの画像処理では最難関クラスの認証対象をずっと扱ってきた認識です。


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図2.ディープラーニングによる豚もも肉表面に露出した骨断面、脂肪領域の抽出例
(引用:山下,村並,徳本,「食肉のマニピュレーションを支える認識技術」日本ロボット学会誌Vol.37No.6 pp483-488(2019))


職人の手作業とは違う評価を得る食肉加工機械


― 難しい対象物の画像認識に挑戦されていますが、食肉のカットにおける精度や性能はどうでしょうか? また職人によるカットと比べるとどれくらい差があるのでしょうか?

山下:

 正直言ってミスはあります。それをお客様と一緒に精度を上げていく開発姿勢をこれまで取り続けています。システムの一部分に認識ユニットというのがあり、この認識ユニットで認識対象の切り出す領域、切り出すポイントを抽出します。その抽出した内容の検証をさらに行います。二重三重の検証を行って食肉のカットの精度を向上させています。

木村 憲一郎(以下、木村):

 職人さんはさすがに上手で速いですが、一日中ずっと食肉をカットしていると疲れてくるので、夕方になると雑な切り方になったり、歩留まりが悪くなったりすることもあります。一方で機械は疲れて処理が変わるといったことは無いものの、力が強すぎて肉や骨を傷つけてしまうなど、人と機械にはさまざまな違いがあります。処理速度に関しても、今はまだ1台あたりの比較では人のほうが早いので豚の除骨に関しては機械が人を上回るところにはまだ到達していないです。

 しかし最近では評価基準が一昔前とは異なってきているように感じています。昔は、「処理のきれいさ・速さ」が人手による処理とどれだけ同じかが重視されていましたが、最近では、「人と機械は違う」という認識が出来てきており、人ほどは上手ではなくても、「作業効率の向上・人手作業の軽減」が重視されるように変わってきています。人手不足で職人が集められない問題とか、コロナ禍でそもそも人間が工場に来られないけど自動化していた工場ラインは稼働できて助かった、という評価ですね。あとやはり人手による食肉のカットは力作業なので、腱鞘炎などの健康上の問題もあります。自動化を進めると人がそういう仕事をしなくてよくなるので、一度機械を導入されると、「もう元には戻れない、機械無しで作業をするのは勘弁してくれ」、などのお声を頂くこともあります。


― 御社の食肉加工機械では鶏肉も扱っていらっしゃいますが、鶏肉はもう精度も上がり今では豚肉にチャレンジ中というステータスでしょうか?

山下:

 鶏肉も色々な部位とか、生産効率とか取り組むべきところはあり、機械もいろいろバリエーションを取り揃えています。

徳山:

 特にヨーロッパでは脱骨・除骨の機械の自動化が進んでいまして、弊社には主力のトリダスをはじめ、鶏肉を扱う機械のラインナップを揃えています。海外の自動化の機械は「トリダス」ほど歩留まりは良くないけど、より速く処理する機械があったりします。価格も安かったり、豚肉においても部分的に機械による自動化が進められていたりします。またデンマークのように国の研究機関が力を入れていたりしますし、画像処理能力もかなり技術アップしており、うかうかしていると簡単に追い越されかねないと危機感を非常に強く持っています。

 今、「セルダス」のシステムに注力しています。基本的に同じハードウェアでアプリケーションを入れ替えて、豚肉のもも肉、ばら肉、肩の部位などさまざまな部位に対処する、ということを進めています。


巨大な機械学習モデルでも、テレワークでも、ABCIなら計算が回せる


― ABCIを使っていただいて、良かった点や逆に気になった点などはいかがでしょうか?

山下:

 最近、巨大な機械学習モデルが次々出ていますよね。ワークステーションだと学習が回らない、けどABCIだと学習が回せるとか、大きい機械学習モデルが次々出ている感じがしているので、実験する時はやっぱり産総研さんのABCIを使っています。

 あと、昨今のコロナ禍の状況でテレワークする機会が増えていて、会社のワークステーションには社外からアクセスできない問題もあり、そういった時でもABCIは使えるので、テレワークでも進められるという有難さを感じています。


― 同様のことは他のクラウドサービスでも利用できますが、他のクラウドサービスと比較するといかがでしょうか?

徳山:

 もちろん、他社さんのクラウドサービスも検討させて頂きましたが、圧倒的にコスト面でABCIは優れていると思っています。本当にちょっとした計算でも、回すのを躊躇うことなく気兼ねなく自由に実験ができる点で一番使いやすいと思います。

山下:

 一方で少し面倒という点も正直あります。Singularityが少し手間かかるとか、あとAnacondaが使えないという点も気にはなっています。仮想環境を作っていますが、やはり環境準備などで手間がかかります。

徳山:

 それでもABCIにはモジュール類は全て揃えて頂いているので、環境を揃えることができる点では使いやすいとも思っています。環境構築にハードルが出てくる場合も結構あったりするので、その点においてABCIは非常に使いやすいです。

山下:

 あと最初の使い始めのところでハードルが高いと感じる人は基本的にいるかと思います。コマンドラインに慣れている人には良いのですが、これまでGUI環境、Windowsなど使ってきた人にとってはちょっとハードルが高いみたいです。以前、産総研さんからABCI利用のチュートリアルとか出していたと思うので、そういった普及活動をまた再開して頂きたいですね。


― 最初はハードルが高い、という声は頂戴しておりまして、「ABCI User Group みんなのABCI」というコミュニティを運営しております。 そこではABCIを初めて使うユーザー向けにハンズオンを以前開催していましたね。

徳山:

 私も初期導入の時点ではハンズオンの資料が参考になりました。むしろあれがなかったらちょっとできなかったかもしれないかな。最近、WindowsでもWSL(Windows Subsystem for Linux)が非常に使い勝手が良くなっているので、ハードルはどんどん下がっているのではないかと思います。とは言え、やっぱりWindowsしか使ったことない人にはまだ難しい点はあるかと思います。


ハードウェアの制約で悩むぐらいだったら、まずはABCIを使ってください


― 今、ABCIを利用検討している方に向けてのアドバイスなどあるでしょうか?

山下:

 そうですね、まずは使ってみてください、ですね。

徳山:

 ハードウェア上の制約で何かできなくて困っているぐらいでしたら、ABCIはコストリーズナブルに使えるので躊躇せずにABCIを使うのが一番良いのかな、と感じます。ABCIを使って良かった、と非常に実感しています。今までできなかったことが基本的には何でもできるようになるので、ここは是非とも使ってみてください、ですね。


― 今回は大変参考になるお話ありがとうございました。


株式会社前川製作所 http://www.mayekawa.co.jp/