利用事例

連載8回:株式会社 トリプルアイズ 様

囲碁AI研究は自動車メーカーのF1と同じ。めざせ世界の頂点!

 2016年にAIが世界トップの囲碁棋士に勝利して4年。囲碁AIは更なる進化を遂げ、今日では人間を寄せつけない強さになったAI同士が、世界規模の大会で最強の座を争う熾烈な勝負を繰り広げています。そんな囲碁AIで、世界の頂点を目指すことに情熱を注いでいるのが株式会社トリプルアイズ様です。自社による囲碁AIの開発にこだわる理由や、海外のライバルとの交流で見えてきたものなどを、同社代表取締役の福原智様に伺いました。


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株式会社 トリプルアイズ

代表取締役 福原 智 様


基幹系システムからAIへ業務拡大


― 御社のWebサイトを拝見しますと、顔認証と囲碁AIが大きく掲げられていますね。

福原 智(以下、福原):

今はAIZEという画像認識プラットフォームを前面に打ち出しています。これは、AIによる高精度の顔認証技術です。発表して間もなく、ヤマダ電機さんの社員食堂に導入されました。あらかじめ本人認証をした社員が、食券販売機で顔認証してボタンを押すだけでチケットが出て食事ができ、給料からの天引きもできます。顔認証と社員情報を結びつけているので、社員カードすら不要なのです。

私はもともと基幹系のエンジニアでして、主に大手ベンターの下請けをしながら事業を拡大してきました。2019年で設立12年目を迎えます。現在の社員数は189名ですが、2020年の4月には40名の新卒が入ります。


― それはすごいですね!今も基幹系の業務も続けていらっしゃるんですね。業務の割合として、AIはどのぐらいなんですか。

福原:

会社全体での売り上げは15億円で、そのうちAI関連はまだ1億ぐらいです。厳密には、基幹系業務でもAIに絡む仕事というのが増えており、小売店のPOSなどはAIの自動発注など統計分析的なところもセットになっているので、そこまで入れるとAI関連事業はもう少し増えます。


― AI技術も持っていることが、基幹業務を請け負う上でのアドバンテージになるのですね。

福原:

自動化で人の仕事を減らすことをAIと呼ぶなら、当社は昔からRPA(業務自動化)的なことをずっとやっております。ICT建機関連や、リサイクル業者の価格査定の画像認識システムも作っています。リサイクルに出したい廃品をスマホで撮ると、査定価格が出てくる仕組みです。過去には音楽配信サイトのリコメンドシステムやおすすめ商品のメール通知もやっていました。客層に合わせて、購買頻度の高い時間帯の2時間前ぐらいに情報を送るといったサービスもやっていましたが、これもAIと言えばAIですよね。


「社長の道楽」で始めた囲碁AI


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― 12年前に創業された頃から、現在のような囲碁AIの研究もされてたんですか?

福原:

いえ、囲碁AIの研究を始めたのは2014年からです。

2006年に、電気通信大学の保木邦仁先生の将棋AI「Bonanza」によって将棋のAIブームが来ました。2008年頃から徐々に強くなってきて、2010年頃にはプログラムとプロ棋士が戦って、プロ棋士が負けました。私自身アマチュア将棋をやっていたので、プログラムが人間に勝利したことに衝撃を受けていました。その時、次は確実に囲碁AIだと思ったんです。

Bonanzaは将棋のプログラムですがオープンソースになっていたので、プログラムを見て、これが人間に勝てるAIかと自分で囲碁用のプログラムを作ってみました。そして2015年に電気通信大学の「第8回 UEC杯コンピューター囲碁大会」にモンテカルロシミュレーションで出場したらいきなり2勝して手ごたえを感じたんです。

ディープラーニングを用いたプログラムが登場したのもちょうどその頃で、翌2016年には世界最強と謳われた韓国の李世乭(イ・セドル)九段をGoogleのAlphaGoが負かしたことが大きな話題になって、囲碁AIに取り組んだのは間違っていなかったなと思いました。


― 基幹系業務で会社を育てながら、社長が好きで取り組んだAIが本業と結びついたのですね。

福原:

初めは囲碁でコンピューターを使うことは、社長の道楽と思われていました(笑)。ですから道楽でAIの研究を始めて、実績を出してきた形です。

先ほどBonanzaの話をしましたが、将棋と囲碁ではアルゴリズムがちょっと違うんです。変化の数が、チェスは10の110乗。将棋は10の220乗。囲碁は10の360乗。囲碁より将棋の方が駒の種類は多いのですが、盤面が9×9の81マスしかありません。でも、囲碁は19×19の361マスあるからトータルで判断すると囲碁のほうがずっと複雑なんです。


― 囲碁AIは、いつ人間を超えたんですか。

福原:

やはり2016年3月のAlphaGoですね。うちのRaynzも2018年ぐらいには人間には負けないレベルになりました。もう世界各国で10本ぐらい人間に勝てるプログラムが出てきていて、続々と増えています。

ここまで進歩したのは、最新の研究や技術が、文献やオープンソースになってネットで公開されていることが大きいですし、それらの技術を評価検証できるだけのマシンパワーが使えるようになったのも大きな要因ですね。まさにABCIです。


将棋よりも感覚的な囲碁の世界


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― ABCIを使った機械学習では、ABCIはモデルを作るための学習に用いて、推論はPCやスマホなどユーザー側で行うことが多いですね。

福原:

囲碁の場合も基本的には同じですが、推論にもGPUを使います。ニューラルネットワークが何層もあって、最後に勝率90%、60%といった結果が出るのを計算でやりますが、このときGPUの浮動小数点の桁数を減らします。誤差が出ますが、あえて計算を速くするために切るんです。

同じモデルで推論しても違う答えが出てくることがあります。囲碁の場合、白黒の石を置くのに一路(碁盤の線1本分)の違いで、どちらでも勝率90%ということがある。どちらが良いかは、人間でもわかりません。プロの先生でもわからない非常に感覚的なところがあります。


― 将棋は1マス違うと、動いた先で駒を取れませんね。囲碁はそういう世界ではないんですね。

福原:

そういう世界じゃないんです。碁石には将棋やチェスの駒と違って個性がなく、石の連なりで意味や価値を形成します。結局は盤面全体を認識した方が良いということになりました。

IF文で分岐する場合は、小さな違いでもこっちは違うという判定になりますが、ディープラーニングだと小さな違いが「どちらも90%」ということが計算で出てくるんです。ここがディープラーニングの神髄ですね。いま私たちが取り組んでいる顔認証も同じです。人間の顔は、同じ写真は2つとありません。髪の毛1本、目の動きだけでもIF文だと「違う」という判定をします。でもディープラーニングでは、「この写真は福原の確率が90%」というのを計算で出せるのです。


「囲碁AIを制する者はAIを制する」中国で感じたAI研究の本気度


― 囲碁AIに関して、世界との違いはどのように感じていらっしゃいますか。

福原:

そうですね、特に中国は本気度が違いますね。囲碁AIの世界では誰でも知っている方ですが、日本には個人で囲碁AIを開発して世界2位になった山口祐さんがいます。中国の大会で向こうのエンジニアと山口さんの話になったのですが、彼らは「日本は天才を無駄遣いしている」と言っていました。山口さんが自分たちと同じくらいコンピューター資源を使えていれば、自分たちは抜かされているかもしれないというのです。

日本ではいかにコンピューター資源を使わずに効率的に学習できるかを考えますが、中国はコンピューター資源のことは全く気にせず大量に計算させています。何パターンもの学習を並行して計算させているので、どれかが失敗しても気にしないのです。日本ではエンジニアは自分のお金でコンピューターを買ったり、いちいち会社に許可をもらいながらやっています。でも、中国では企業側から、数十億円のコンピューターを使っていいよ、GPUパソコンを買ってもいいよと言ってきます。簡単に言うと、中国のエンジニアには無限に近いリソースが与えられているんです。


― 福原さんは「社長の道楽」とおっしゃいましたが、中国では道楽と考えていないのですね。

福原:

中国ではいち早くAI技術を確立して、囲碁AIの研究を顔認証や生体認証などにどんどん展開しています。ゲームは正解があるから、良いか悪いかの答えがすぐに出ます。囲碁でディープラーニングのアーキテクトを作って、その成功体験をもとに技術を開発しているのです。


― 囲碁AI研究から育った技術がビジネスにも役立つことを知っているから、彼らは何十億円も会社のお金を使わせるのですね。

福原:

そうです。「囲碁AIを制する者はAIを制する」です。中国のチームは、大会の成績によって人生が変わるぐらいの姿勢で向き合っています。優勝することが、AI技術者として高いエビデンス、ベンチマークになるわけです。


― 会社が人を育てても、移籍されてしまうと技術は個人のものになってしまいますが、国としては間違いなく成長しますね。

福原:

国として勝つ、ということを政治家が理解しているかどうかですよね。日本では目に見えない情報技術への関心がとても低い。企業のトップも勉強不足です。啓蒙活動を続けていくと同時に、企業も頑張らなければいけませんね。


ABCIで進歩したAIを、さらに次の段階へ


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― ABCIを使った囲碁AIでは、やれることはやり切ったのでしょうか?

福原:

いえ、やり切ったとは言えません。まだ優勝していないですからね、百点満点で80点ぐらいでしょうか。しかしコンピューター資源は充分に使えました。国家プロジェクト並みですよね(笑)。日本人は、限られた資源を節約して使って、より少ない資源で成果を上げるような方向が得意です。逆に中国はそういうことを考えず、資源を充分に用意する王道を行きますね。

我々も最大限のことはやりました。8月に開発したAIと12月のAIを対戦させると、12月のAIが7割勝ちます。それだけ進化しているのですが、中国はそれ以上に進化していたということですね。


― ABCIはほかのサービスと比べてどんな点が違いますか。

福原:

やっぱりスピードです。一気に学習が進みます。1日間学習したAIモデルが、プロの棋士に勝ってしまいました。芝野名人1にもたった5日間の学習で勝ちました。 今回のディープラーニングは、40層のネットワークを組んでやっています。40層の学習を5日間で終えるというのは、本当に速い。AIの世代チェンジに1時間くらいです。私たちのそれまでの環境では1世代に2日ぐらいかかったりしていたのが、1時間になったわけですから、これは驚愕のすごさです。


― では、ABCIを使って学習量をどんどん増やせば、もっと強いAIになるのでしょうか。

福原:

順位は上がったかもしれないけれど、まだ1位は獲れないですね。40層のネットワークで学習させたのは初めてだったので、どこで飽和するかわからないのです。本当は80層までやりたかったんですが。


― 「飽和」ですか?

福原:

そうです。ディープラーニングでは学習量に比例して正解率が高まるわけではなく、行った学習量に対して正解率が高まる割合はだんだん小さくなり、最後に飽和、つまりこれ以上やっても性能が横ばいにしかならないという状態に陥ってしまいます。それでも40層で深層学習したのは、囲碁AIでは国内初だと思います。これである程度の世界レベルまで来て、2019年12月の大会は2位でした。

こうなったらまた、やり方を変える必要があります。学習が広すぎたり深すぎたりしてうまく進まないこともあるので、これからはそのへんをうまく調整しなければいけません。


― そうやってノウハウを蓄積していくのですね。

福原:

特に囲碁AIは、これもダメ、あれもダメと成果が得られないでいると気持ちが折れちゃうんです。真っ暗闇の中を歩き続けるのは辛いですから、成功体験が大事なんです。誰かが先行して成功していると、ああ成功するんだと思って続けられます。

私たちは、囲碁AIを自動車メーカーのF1みたいなものだと考えています。世界の強豪が参加する大会に出場して、優勝をめざすことで技術もモチベーションも上がります。分散処理やGPUの経験、1/1000秒単位で時間短縮するプログラムのチューニングなどを細かくやれることも大きいですよ。


― ABCIと産総研に、これから要望したいことはありますか。

福原:

やはり我々のようなベンチャー企業に、安く提供してもらいたいですね。あと、直接お会いしてお話を伺うまでは、限られた人しか使えないもののようなイメージがありました。もっと広く使えることをアピールしてもらえるといいと思いますね。



聞き手 大貫 剛(ライター)

  1. 2019年、第44期名人戦で史上最年少(19歳11ヶ月)での名人位を獲得した芝野虎丸名人(現二冠)のこと。2019年7月(七段当時)にABCI上で5日間の強化学習を行った囲碁AI「GLOBIS-AQZ」と対戦し惜しくも敗れた。