利用事例

連載16回:株式会社 日立製作所 様

協創と研究でグローバルな社会課題の解決に挑む

 100年を超えるモノづくりの歴史を持つ株式会社日立製作所様では、その長い企業活動の歴史の中で蓄えた制御・運用技術と情報技術を武器に、大胆なビジネスモデル・経営変革に取り組まれています。今回は同社研究部門の中で、技術研究開発の中心となるテクノロジーイノベーション統括本部(CTI)でAIを含むデジタル分野を統括する西澤様と、デジタルPFイノベーションセンタの中川様、先端AIイノベーションセンタの清水様に、研究開発における変革や、産総研との共同研究についてのお話を伺いました。


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株式会社 日立製作所 研究開発グループ テクノロジーイノベーション統括本部(CTI)

副統括本部長 西澤 格 様


日立が目指す「社会イノベーション事業」


― 現在、御社では「社会イノベーション事業」を大きく掲げていますが、これはどのような事業なのでしょうか?

西澤 格(以下、西澤):

 いま我々が申し上げているのは、誰もが快適に安心して健やかに暮らせる世界を作りたいという思いで、「社会が直面する様々な課題を解決し、多様なパートナーとともに、世界中の人々が望む”Good”を実現していくこと」です。具体的には、エネルギーやモビリティ(鉄道などの交通システム)などの社会インフラ、さらにインダストリーやヘルスケアといった当社のさまざまな事業体、そして研究部門を含めて、我々がいままで蓄積してきた制御・運用技術(OT:Operational Technology)、それと情報技術(IT)、そして我々が作ってきたプロダクトやシステム、これら三つを連携・統合させて新たな価値を創出し、社会やお客様が直面している課題を解決していくという事業になります。

 事例で申し上げた方が良いと思うのですが、近年我々も電力/環境分野に注力しておりまして、今まで作ってきた知見を”Lumada(ルマーダ)”という当社の「協創」のプラットフォーム、正確には課題解決に向けた日立の知見や方法論までを統合した「お客様と我々をつなぐ場」と呼ぶべきものですが、そこにデジタルソリューションという形で蓄積しておりまして、北米では電力事業者向けのデジタルソリューションを提供しています。  

― それはどのようなソリューションなのでしょうか?

西澤:

 例えば、山火事とかハリケーンが発生した時に、電力事業者は送電線付近の樹木が送電線にかかって電力が遮断されるリスクにさらされます。送電線に樹木が接触するのを防ぐためのメンテナンス作業や管理のことをベジテーションマネジメントと呼びますが、これには非常にコストがかかります。特に北米では電力線、電力網は広大な地域にまたがっていますので、そこを管理するコストと品質というのが大きな経営課題、社会課題になっています。

 そこで我々は、これまでに蓄積していた衛星画像に対する画像処理と分析技術によって、送電線にかかる地域の樹木の状態を観察し、この樹木は元気だから残しておいても大丈夫とか、この樹木は枯れているから伐っておくべきとか、リスクを管理するためのソリューションを開発し、全体としての停電リスクの低減に貢献しています。これなどは、電力分野における社会イノベーション事業の一つの例になります。


研究部門が中核になる「協創」とイノベーション


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研究開発グループ 「協創の森」


― なるほど。いま「協創」というお話が出てきましたが、研究開発グループの国分寺サイトに「協創の森」がありますね。実は私もオープンの少し前に研究所に伺ったことがあるのですが。

西澤:

 協創の森にご来訪いただいたとのこと、どうもありがとうございます。

 我々はお客様やパートナーとともに社会課題の解決に向けたビジョンを共有し、アイデアソンやハッカソンなどを通じて新たな事業機会を探索しております。これを「協創」と呼んでいます。

 そしてお客様との協創の実現のためには、協創の中核となる「場」を作らなければならないと考え、2019年4月に研究開発グループ 国分寺サイトに「協創の森」をオープンしました。我々は「イノベーション発信基地」と呼んでおり、ワークショップを開催する場所や、お客様と一緒にプロトタイピングができるような場所も創りました。さらに協創の森では、ここで生まれた成果を外に発信するための国際会議場も備えております。オープン以来約9,000名の方にお越しいただき、さまざまなコンセプトを作り、PoCを経て事業化にもつなげて参りました。

 しかしながらコロナ禍の現在、物理的にお越しいただくのがかなり難しい状況になってしまいました。そこで、現在協創の森のデジタル化に着手しております。


― 社会イノベーション事業を進めるうえでは、お客様やパートナーとの「協創」が欠かせないということですね。そのような中で研究部門はどんな役割を担っているのでしょうか?

西澤:

 はい、実際にグローバルな社会イノベーション事業を作ってそれをスケーリングしていくためには、いままで培ってきた技術はもちろん重要で、それらを組み合わせていくことも必要なのですが、さらに革新的な技術、それを活用した製品/サービスを創出していかなければなりません。その時に中核を担うのが我々研究開発グループと考えております。

 いま当社の研究開発グループには大きく分けて三つの組織があります。一つ目はオープンイノベーションを活用してアカデミアとも連携して基礎研究を行う部隊、二つ目は技術開発を担う部隊、そして三つ目は顧客協創を担う部隊です。これらの三つの組織が協力しながら先ほど申し上げた社会イノベーション事業を創生しております。

 今は特にグローバルを重視していて、海外の研究開発拠点を強化しようとしています。現在でも、北米、欧州、中国、インド、シンガポール他の拠点に研究部隊がおります。社会イノベーションを起こすためには、その地域でどんな課題があるのかを捉えて、その課題を解決するソリューションを提供していかなければなりません。これを進めるのが、先にご紹介した顧客協創を担う部隊です。その部隊に技術を創る部隊である我々がタイトに連携することで、協創を加速しています。


コロナ禍の下、研究活動のDX化を推進


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同統括本部 デジタルPFイノベーションセンタ

シニアプロジェクトマネージャ 中川 八穂子 様


― 先ほど「協創の森」のデジタル化というお話がありましたが、研究開発部門ではDXをどの様に捉えていますか?

中川 八穂子(以下、中川):

 デジタル化ということでは、我々もやはりコロナ禍の下でリモートワークが増えていて、どうしてもデジタル環境を使った研究開発に正面から向き合わなければならなくなりました。研究開発そのもののデジタライゼーションだけではなく間接業務、あるいは研究の経営、そういった管理業務に関しても、もっとデジタルの力を使って効率化していくことが必要だという流れです。やっぱり昨年から働き方が大きく変わったというのが一番大きいと思うんですね。

 それがトリガーとなって、この4月から正式に研究開発のDXを進めましょうということで、研究開発の現場だけではなく、研究経営戦略部門ですとか間接業務部門とも一体になって、研究開発活動全般を効率化する取組みをツール類評価も含めてはじめております。

 これは産総研さんなども同じような動きがあるかなと思いますけれども。


― ええ、まさにおっしゃる通りですね。

西澤:

 いま我々に対しては「デジタルでどうやって研究を革新するのか」ということが非常に強く問われています。また、我々はLumadaにこれまで様々な知見やソリューション、ドキュメントを蓄積してきていて、それ自体がデジタルなのですが、物理的なプロダクトに対してもデジタルでどのような革新ができるのかについても大きな課題の一つだと捉えております。

 もう一点、今我々は2050年の社会やお客様がどうなっているのかを想像し、そこからのバックキャストで何をやるべきかを考えようとしています。きちんと未来を描いた上で何をやるべきか、そしてそれは「社会イノベーション事業」にどう貢献するのかを考えていくのが私の課題だと思っております。


自社システムとABCIをシームレスに利用


― 御社とはオンプレミスのシステムとABCIの併用についての共同研究もさせていただいていますね。

清水 正明(以下、清水):

 2019年から共同研究を始めさせていただいて、2021年は3年目の共同研究に進んでいるところです。最初の年はちょうどABCIもスタートした時で、魅力的なシステムでしたのでまずは社内のパワーユーザ中心に利用させていただきました。また、ちょうど我々もオンプレミスのAIクラスターの構築中でしたので、産総研の研究者さんと親和性のある設計にしようということで、共通で必要な部分や、連携する部分を一緒に検討し始めたのが共同研究のきっかけです。

 あとAIの学習では大量の学習データが必要で何テラバイトも転送したりしますので、民間企業としては珍しいと言われたのですが、国立情報学研究所(NII)のSINETというネットワークをつなげて、安全にかつ親和性が高くABCIとオンプレを連携できるような準備もすすめました。昨年の2020年度には実際にSINETでABCIとつなぎましょうということで、AIの学習ジョブを連携するソフトウェアを作ってその評価まで終え、情報処理学会で論文発表させていただいたんです。産総研さんに同時ニュースリリースもしていただきました。

 今年は様々なパブリッククラウドとの連携も見据えて、広くいろんなシステムをシームレスに使うための研究に広げている状況です。


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同統括本部 先端AIイノベーションセンタ 知能情報研究部

リーダ主任研究員 清水 正明 様


― 実際にABCIをお使いいただいて、御社の研究活動にメリットなどありましたか?

西澤:

 はい。沢山ございました。一つ事例をご紹介しますと、ここ数年いくつかのAIの国際コンペで上位入賞をしていて、その際にはABCIを使って大規模計算をさせていただいております。このAIのコンペで頑張る研究者はAIが専門ですので、例えばソフトウェアのインストールや運用は他に任せてAIに集中したいとのニーズがあります。ABCIでは、多くのAIフレームワークや開発環境があらかじめ使えるようになっていることで、スムーズに自分のやりたいことができたのが非常に良かったとの意見を聞いております。もちろん、大規模で高速なCPUを持つ計算環境、ネットワーク環境があるということは大前提なのですが。

清水:

 当社でもパブリッククラウドは使っているんですが、今回我々のようなAIの研究開発で使いたい場合は、開発環境をいろいろ入れて、ソフトのバージョンもどんどん追従しなければならない中で、研究者が全部それを作っていくのは時間的にも投資の分配的にも非常に難しいですね。やはりABCIはAI用途では日本で一番大きな環境で、学会コンペのような「今晩一気に200台並列で計算したい」みたいな時には一番適していると思います。もうIaaSじゃなくてAIに特化したSaaSのように使えて、AIジョブだけ流せば良いようなシンプルな状態になっているので、非常に使いやすく利用させていただいています。


― ありがとうございます。今後のABCIや産総研への期待ということで何かあればお願いします。

西澤:

 そうですね。これまではABCIを、AIのコンペに向けた大規模計算などの所謂ピュアデジタルの研究に使わせていただいていましたが、今後はIoTデバイスやセンサなどの実世界データを活用した研究にも利用させていただきたいと考えています。そのときには、レイテンシが非常に重要になると考えており、「協創の森」の中にあるIoTの実験環境が5Gを介してABCIと簡単に繋がるようになるといいなと思っております。

中川:

 あとは、利用者の層として、経済分野の方などもう少し広い人文系も含めた方が使えるようになるといいのかなと感じています。実際使ってみるとチュートリアルはできるんだけど、なかなか自分達の問題を解こうと思うと環境の問題もあってうまく動かないとかいろいろありますよね。そういう意味ではABCIは研究者、スタッフの方々がとても充実しているので、講習会などに加えてオンライン実習など含めてサポートを強化していただくと、もっと間口が広がっていくのかなと思います。


株式会社 日立製作所 https://www.hitachi.co.jp/