利用事例

連載20回:AnyTech 株式会社 様

動画解析AI「DeepLiquid」で挑む、流体特性の新たなデジタル化

 AIによる画像や動画からの物体認識については、つい先入観からその形状が「不変」な剛体を連想してしまいがちです。しかし、工場の現場では形状が「変わる・不定形」な流体を取り扱うことも当たり前にあり、これまでは境界線が曖昧な流体をAIで把握することは困難とされてきました。今回のAnyTech 株式会社様では、そのような形が無く変化の激しい流体に特化したAIを開発して、様々な工場や水処理施設などに提供されています。同社プロジェクトマネージャーの櫻井様と、エンジニアの渡邉様、岩井様にお話を伺いました。


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AnyTech 株式会社

プロジェクトマネージャー 櫻井 久也 様(左から3番目)

AIエンジニア 渡邉 賢吾 様(右から3番目)、岩井 拓也 様(左から2番目)


スタートアップからJFEエンジニアリングのグループ会社に


― まずは会社のプロフィール紹介も含めてお話を伺えればと思います。

櫻井 久也(以下、櫻井):

 はい、私どもAnyTech株式会社は、「世界中の流体データを集積し、地球の健康と未来を守る」をテーマとして、DeepLiquid(ディープリキッド)という、動画から流体の属性や性質を判定するAIの開発とその関連サービスを提供しています。現在のところ従業員は、本日参加している渡邉、岩井をはじめとした技術者、研究者が10名ほどで、プラス業務委託のメンバーもいまして、お客様に優れたAIを届けようということでやっております。

 それで、DeepLiquidがどんなものかと言いますと、当社のホームページにあるような、例えば油に入れた唐揚げの揚がり加減だとか、あとは水処理施設での異常検知などを皮切りに、コンクリート、いわゆる生コンの品質判定や、あと事例はまだ少ないのですが、食品分野、例えばチョコレートとかマヨネーズなどといった流体の検査で活用いただいています。技術面としては、そのような流体に関しての領域検出だとか異常検知のようなモデルを数々そろえていまして、お客様にはPoCの段階でそれらのAIモデルを簡単に試してもらえる環境も合わせて提供しております。

 創業は2015年になりますが、2019年からはJFEエンジニアリング株式会社のグループ会社となりまして、現在は製鉄プラントでの鉄の溶けぐあいなどを監視するような分野で協業するべくやり取りしています。


― なるほど、プラント関連の事業に強みをもつJFEエンジニアリング様だと、お互いの強みをさらに引き出せる相乗効果が期待できますね。既に実際のプラントではDeepLiquidが活用されているのですか?

櫻井:

 やはりプラント関連ですと年単位での長期にわたるデータ採取が必要なこともありまして、現段階では検証フェーズというところでしょうか。グループ会社になった際に、社長も創業者の島本から、JFEエンジニアリング出身の津久浦に代替わりをしているのですが、今は津久浦を橋渡し役として協業を進めております。


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図1.DeepLiquidの適用分野


目視では判るけれど計測が難しい「流体」


― AIで流体を判定するというのは非常にユニークですね。でも、そもそもなぜAIで流体を判定するという発想に至ったのでしょうか?

渡邉 賢吾(以下、渡邉):

 実は、現在の社名に変更してから間もなく、まだ様々なAIの開発サービスを試行錯誤でやっていた時、非常に運の良いことに、ある企業様から水処理施設での水の濁り具合をAIで判定できないかという相談をいただきました。そこから水とAIの組み合わせについての調査研究を進めていくと、実はAIと流体の動画解析は非常に相性が良いことに気づいたんです。

 もともとカメラを使った画像認識や動画認識といった研究開発を手掛けていたのですが、流体という対象は、恐らく1枚の画像ではわからないのですが、動画であれば複数フレームを合わせ見て、泡立ちや流れの速さ、濁り具合といった情報から、それがサラサラしているとかドロドロしているといった特性を検出できることがわかりました。そこで、他にそのような研究をしている会社が無いか調べたところ大変少なく、また、研究で公開されているデータセットもほとんどありませんでしたので、非常にニッチな分野ではありましたが、一部の業種では確実に需要が見込める市場として事業を始めた次第です。


― DeepLiquidは水質判定のAIというお話でしたが、一方で水というか流体そのものの化学的性質まではちょっと難しいと思うのですが、粘度や濁りといった部分の判定だけでもニーズはあるのでしょうか?

渡邉:

 おっしゃる通りで、化学的な要素についてまでは非常に難しいので、私たちも「人間の目で見てわからないものはわからない」とお伝えしております。

 ただ、親会社関係ですと、例えば銑鉄製造における製銑(溶鉱炉で鉄鉱石とコークスを溶かしてドロドロにする)というプロセスがあります。そのときに、火力やその他の条件によっては決まった粘度にならないことがあったりするのですが、その様なケースでは監視カメラの動画をDeepLiquidに読み込ませて、非接触で逐一粘度を計測し異常を検知するような使い方ができるのではないかということで研究を進めております。

 また、冒頭で櫻井がお話したコンクリートについても、建築現場での生コンは柔らかすぎても固すぎても使えないというのがあって、狙った粘度で作り、不適合なものは除くことがとても重要です。しかし現実には、計測方法によっては、環境や計測をする人の技量にも依存してしまい一律で測れないとか、わざわざ計測のためのサンプルを採取するという行為自体も現場の方には負担になると思います。そのような分野において、カメラで動画を撮影すればOKですよと言えるのは大きな違いです。

櫻井:

 やはり、皆さん規定の検査回数は最低限こなしているのですけれど、現場管理者らの本音としては全数検査をやりたいのだと思います。しかし、現場と検査機器が整っている場所が離れていたり、人手をどれだけかけられるかというところもあるので、規定検査以上の実施はAIなど、他の代替案を模索されている状況だと伺っています。


あらかじめ流体の振る舞いを覚えたAIを開発


― 今はまだAI自体もブラッシュアップされている段階だと思いますが、AIで流体を扱う上で難しいと感じるのはどんなところでしょうか?

渡邉:

 そうですね、やはり一番は学習に使用できるデータが少ないことですね。ImageNetをはじめとして、世界には様々な汎用データセットがありますが、我々のような流体に特化したAIに使えるデータセットは非常に少ないし、あったとしても、本来我々が必要とする動画データではなく、画像データという場合がほとんどになります。ですので実際には、我々自身で学習データを整備していかなければならない事も多いのですが、その場合でも、A社というお客様で採取したデータは別のB社では使えません。また、採取するデータにしても、粘度の段階が1から10まであれば、なるべくそれぞれの段階が均等にあるデータセットが望ましいわけですが、現実問題として、そもそも溶鉱炉から流れ出る鉄をはじめ、業種によってはそのようなイレギュラーなデータをそろえることが非常に困難になります。

 さらに、そのようなあまり豊富とは言えないデータセットの中から、流体の特性をAIモデルにどのように抽出させるかという課題があります。仮にせっかく良いデータがそろっても、そこからきちんと「流体らしさ」を取り出せないと、うまく学習してくれないということなんです。

 そのような課題に対して我々が取り組んでいたのが、AIモデルの中に、あらかじめ流体力学の計算式を組込むことによって、事前にモデルそのものに流体力学の振る舞いを教え込んでおくという研究でして、2021年にようやく特許出願を行うことができました。このモデルによって、AIに定理と原則をあらかじめ教えておいて、実際にこういうデータでやったらどうなるのかという応用問題を解かせる感覚のより流体の動きに特化したモデルを開発することができました。


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図2.DeepLiquidによる流体の異常検知の例


リモートワーク下でも気兼ねなくコミュニケーション


― 素晴らしいですね。そもそもABCIはどのようなきっかけで利用いただくようになったのですか?

渡邉:

 現在、当社は業務をフルリモートで行っているのですが、開発メンバーが増えるにしたがってそれまで利用していた商用クラウドが予算的にちょっと合わなくなってきまして、そんな時にたまたま知人に紹介いただいたのがきっかけです。そこから試しに使ってみようということで利用を始めたら、オンデマンドで理論上は一人で何枚でもGPUを使うことができるし、非常に使い勝手が良く、今は研究と実サービス開発の両方で活用させていただいています。


― なるほど、以前は商用クラウドも利用いただいていたのですね。

櫻井:

 はい、費用面などもいろいろ比較したところ、商用クラウドですとインスタンスを立ち上げているだけで費用が発生してしまうのですが、ABCIの場合は使った分だけで止まってくれますので、その意味でも非常にリーズナブルです。

渡邉:

 商用クラウドでのサーバーの落とし忘れは実際にありまして、「まずいっ!そういえば一週間立ち上げっぱなしだった!」とか、そういったことが仕組み上発生しないのはとても助かっております。


― やはり”止め忘れ”ってあるんですね。ちなみにABCIは、sshでログインしてバッチでジョブを投入するというような使い方で、一般の商用クラウドと比べて使い方もだいぶ異なるわけですが、そのあたりでハードルはありませんでしたか?

渡邉:

 確かにジョブを投入するって日常では使わないですが、当社の場合、前職でオンプレサーバをバッチで使っていたメンバーもおりまして、そういったメンバーが社内のSlackで「こうやるといいですよ」みたいなのをポンって共有してくれるので、だいたい皆できていましたね。


― 皆さんフルリモートで、全く別々に仕事をされていてもスムーズに情報共有されているんですね。

渡邉:

 そうですね、今は少ないメンバーだからできているのかもしれないのですが、採用に関してもコミュニケーションのしやすさを重視しているので、私たちの組織だとリモートワークだからと意識してコミュニケーションをとるというより、相談したいことは気兼ねなくメンバーに相談するような雰囲気ができていますね。

櫻井:

 今、メンバーの中では心理的安全性を常に担保しあうことを心掛けてもらっていて、発言のしやすさという点でSlackを使って、ほぼつぶやきの状態で、ちょっと困ったことやうまくいったことを発信しあって、常にコミュニケーションをとりながら業務を進めています。

岩井 拓也(以下、岩井):

 他にも週に1時間ぐらい、各自が持っている知識を伝え合うオンラインの共有会も開いていて、皆で技術の共有をするということはやっていますね。


足りない学習データはABCIでレンダリング


― 皆さん積極的にコミュニケーションをする工夫もされてるんですね。ちなみにABCIは他にどのような活用をされているのでしょうか?

渡邉:

 先ほど、学習に使用できるデータが少ないというお話をしたのですが、今我々で進めているのが、現実世界のデータが少ないのなら、CGで代替すればいいじゃないかということで、足りない学習データをCGで補完して開発を進めております。その際、CGの作成にも非常に高性能なマシン環境が必要になるのですが、そこで4つのGPUがマウントされたインスタンスが使えるABCIを活用して、遠隔でのレンダリング処理を行っております。


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図3. ABCIでのCGレンダリング結果例


― それは初めて伺いました。以前、別の利用者の方にシミュレーションを用いてデータを作成するというお話を伺ったことがあるのですが、CGを直に作るということですね。

渡邉:

 私たちも、もともとABCIはAI開発のためのリソースとして使わせていただいていたのですが、学習のデータセット作成にも使えるんじゃないかというのを、岩井が見つけてきてくれて…、クラウドレンダリングでしたっけ?岩井さん。

岩井 :

 ええ、そうですね。あまりABCIでやっている例は聞かなかったのですが、GPUが使えるならできるのではないかということで、少し試行錯誤したら問題なくレンダリングでも利用できたというところです。


― 一般のクラウドレンダリングサービスと比べて、使い勝手はいかがですか?

岩井:

 実は、商用のクラウドレンダリングサービスは実際には使ったことはないんです。

 というのも、利用する前に、これだけの処理をしたいと入力すると費用を試算できるんですけれど、なんか100万円くらいの金額がポンって表示されて、ちょっと怖くなって試せませんでした(笑)。ABCIでできるのなら、そちらの方がはるかに良いので、今はマルチGPUのレンダリングにもABCIを活用させてもらっています。


― ありがとうございます。大変参考になりました。


AnyTech 株式会社 https://anytech.co.jp/