利用事例

連載23回:三菱重工業株式会社 様

AIで社会インフラのスマート化を目指す

 人々の生活を快適に、そして経済活動を支えてくれる基盤でもある社会インフラ設備は、これまで想定できなかった巨大災害への備えや既存施設の老朽化、メンテナンス人員の人手不足など、さまざまな問題が取りざたされています。その問題解決のための時間は少なく切迫した問題でもあります。
今回、多くの社会インフラ設備の製造・開発に携わる三菱重工業株式会社 デジタルイノベーション本部 CIS部の皆様に、AIを活用した社会インフラのスマート化の取り組みについてお話をお伺いしました。


三菱重工業株式会社 デジタルイノベーション本部 CIS部の皆様

(写真左から)

三菱重工業株式会社 デジタルイノベーション本部 CIS部 青山 慶子 様、 松蔭 瞭 様、 松本 知浩 様、 小林 周 様、 杉本 喜一 様


特殊な環境でもある社会インフラ設備をAIで知能化・自律化を推進


― 御社のプロフィールや事業の内容など、御社について簡単にお教えいただけるでしょうか?

小林 周(以下、小林):

 弊社、三菱重工業株式会社は、エナジー、プラント・インフラ、物流・冷熱・ドライブシステム、航空、宇宙などさまざまな事業に携わっております。1884年の創立以来、多くの社会課題に向き合いながら弊社全体で500以上の多種多様な製品群を開発している歴史の長い会社であります。それぞれの製品を作る部署は別にございまして、私どもが所属するデジタルイノベーション本部は研究開発の部門に相当し、AI技術や画像処理技術などを用いて三菱重工の500以上ある製品群の知能化・自律化を目指しております。三菱重工の製品は非常に数多く、まだまだ手をつけられていないところもありますが、基本的には広くサポートする意味合いで全部の製品を対象にして技術の提供に取り組んでいます。


― ご紹介いただいた通り三菱重工様はさまざまな製品をお持ちでいらっしゃいますが、どのような製品やサービスでABCIを活用されているのでしょうか?

小林:

 申し上げた通り我々は研究開発部門に所属しており、研究開発目的でABCIを利用しております。1つの研究成果になりますが、「産業車両の安全運転支援」を目的として、車両にカメラをつけてそのカメラで周辺を撮影し、進行方向に人がいる場合にアラームを鳴らすといったことに画像認識システムを活用しているのが一例でございます。


― 今おっしゃった産業車両とは、一例では倉庫のフォークリフトなどの作業現場で稼働する車両でしょうか?

小林:

 おっしゃっているイメージで間違いはございません。倉庫内や工場内を移動するような作業車両にカメラを取り付け、そのカメラの画像からどういったものが車両の周辺にあるかを判定して、運行の手助けをするシステムを開発しております。


図1. 産業車両の安全運転支援の例(フォークリフトAI人検知システム)
図1. 産業車両の安全運転支援の例(フォークリフトAI人検知システム:https://www.logisnext.com/product/goodfinder/


― 今、世の中では自動車の自動運転や車両周辺の物体認識にすごく注力されていますが、産業車両の分野でも車両回り、車両関係のAI開発は非常に盛んなものでしょうか?

小林:

 そうですね、一般道路を走行する自動車などの車両の画像認識システムは開発が盛んなところと認識しております。ただ弊社としては一般利用されているようなものをそのまま使うことができず、弊社で動かしている工場や倉庫など少し特殊な環境に合わせてAIをカスタマイズする必要があり、そこに研究要素がございます。AIをカスタマイズするには、運用を想定している工場や倉庫の画像データを学習する必要があるのですが、時間をかけて大量の画像データを収集することができる環境ばかりではございません。そこで、我々は画像収集にかかる時間を短縮すべく、工場や倉庫の中でデータを集めるべきエリアを自動的に絞り込む技術を開発しました。このように、学術的なAI研究だけでなく、実利用を想定した研究開発に取り組むことが我々の使命であると認識しています。また、冒頭でも申し上げましたが、研究部門では、社内製品全てがサポートの対象となりますので、共通的に広く展開できる技術を創出することが求められており、そこは強く意識して研究テーマを設定しております。


― この画像認識に取り組まれる前は、御社ではどういった手法で車両の運転支援システムを取り組まれたのでしょうか?

小林:

 機械学習を使わない場合で画像認識を使うということになりますと、一般的に画像の輝度を利用して周辺の輝度分布とか、そのような情報からどういう環境であるかを認識するとか、簡単な画像処理の技術を使うということはしていました。しかし従来技術では認識できるものには限界もあり、一方で我々の事業分野が一般的な画像の背景を取り扱っていればいいというわけでありません。あまり身近ではない工場などの特殊な環境を背景としたときに、どうしても自分たちで特殊な画像認識システムを開発する必要がありました。言ってみれば環境に合わせて特化したようなシステムを作る必要があり、どういった仕組みでできるか研究を進めながら同時に、より性能の高いものを作ることを目指しておりました。そこで最新の画像認識技術を使いつつ、特殊な環境に合致したより性能の高い画像認識システムの開発に至りました。そこにはどうしても最新の高性能なGPUを使う必要があり、ABCIを使わなければならないと考えています。


社会の重要なインフラ設備を支えるため、セキュリティ対策は最重要課題


― インフラ設備を対象としたAIの開発において、配慮した点はあるでしょうか?

小林:

 弊社の製品は社会インフラを支える重要な製品であると自負しており、やはりセキュリティが重要なところです。どうしてもお客様のデータを扱うことになるため、外に情報が漏れることが決して無いような仕組みづくりが必要です。クラウド計算機もABCI以外にも色々ありますが、例え高性能な計算機だとしても、セキュリティのリスクがちゃんと対策されていないと、弊社としては使えないという判断に至ります。セキュリティ対策、情報漏洩がないかという点、何を使うにしてもまずセキュリティを考えて、しっかり対策が取られているか? リスクは小さくできているか? という点を判定してからクラウド計算機を使うかどうかを決めることを考えています。同時に我々は研究開発をやっているので、どのような技術が製品に役立つのかを考えています。最新の技術だと言われていても、実際に我々に有益であるかどうかを判断しないといけないので、この判断にも気を使っています。最重要課題であるセキュリティをクリアしつつ、より性能が高く役立つ機能の研究開発を進めるのはなかなか難しいです。


― ちょうど2023年1月に、ABCIは「ISO(JIS Q)27001」の認証を取得しました。

小林:

 認証を取得されたという情報は弊社の方でも認識しておりまして、大変ありがたいです。ABCIを利用させていただくにあたって、セキュリティ活動に関する質問をしており、ABCIとして認証を取得されたことには非常に感謝しております。もし可能であれば、さらに上位のセキュリティ認証(ISO(JIS Q)27017やISMAP、SOC2 Type Ⅱなどクラウドサービスセキュリティ認証)の取得もお願いしたいです。全面的にABCIを利用させていただきたい考えですので、上位のセキュリティ認証を取っていただき、セキュリティ活動をより強固にしていただけると大変ありがたいです。
 あともう一点、評価点があります。ストレージや計算機も含めて、国内に所在がある点がとても重要な点です。海外にシステム・ストレージがあると、どうしても海外にデータを置く言う点でかなりの抵抗がありまして、ここはいつも他のクラウドを使う時に歯止めになってしまいます。しかし、この点においてABCIは気にする必要がなく、とても優れている点であると弊社としては捉えています。


― ありがとうございます。このようなご評価をいただけるのは大変ありがたいです。

小林:

 クラウドの中で一番安全であると評価していますので、今後も是非ABCIを利用させていただきたいと思います。


ABCIを活用して課題の多いAI開発を推進


― AI開発における苦労された点や、逆に良かった点などあるでしょうか?

小林:

 社会インフラを支える重要な製品に最先端のAI技術を導入し、知能化・自律化を促進することで、社会基盤全体の高度化と安心な社会基盤の実現に貢献するところを目指しています。このような背景を元に、弊社では最近AI技術のニーズが高くなっています。そういったAI技術を取り入れようとすると、AIに関する知識やAIに詳しい人材の確保が必要です。しかし弊社のイメージとして機械を作っているイメージはあると思いますが、機械学習の研究に対して取り組んでいることは実はあまり知られておらず、なかなか優秀な人材確保ができないところで苦労しています。大学の研究室でAIの研究をされていた学生さんは就職先として弊社が視野に入っていないのではないか?という印象もあります。AIをどんどん取り入れていけなければならないフェーズに来ており、インターンシップの導入や、我々の研究成果を学会で発表するなど、対外的にPRも進めています。
 その他にも知識の観点では、弊社は研究機関ではないので積極的に技術動向を見るとか、アンテナを張っておかないと最新の技術動向に乗り遅れてしまうことがございます。学会にも積極的に参加していますが、研究機関に比べればそういった最新の技術に触れる機会は少ないと思います。しかしABCIの利用を始めてから定期的に産総研の「人工知能セミナー」1のメールが来ていまして、こちらのセミナーに参加しています。ABCIを使って出てきた研究成果が詳細なところまで発表されており、我々の技術のベースアップにもつながっていると考えています。一般的な学会では具体的な使い方や詳細なところまで出てこなかったりしますが、こちらのセミナーに参加すると我々の知りたい具体的な内容まで耳に入ってきますので、そう言った点ではABCIの利用には非常にメリットを感じております。


― ABCIをご利用いただいて、使いやすい点や、こうしてほしいという要望の点ではいかがでしょうか?

小林:

 とても良いものを使わせていただいている、が感想です。特にかなり性能の高いGPUを使わせてもらっていると思っています。自前でシステムを構築し同程度の性能を持ったGPUを使おうと思うと、費用面ですごく負担がかかるのと、将来的にもっと性能の良いGPUが出てくるとシステムが陳腐化してしまい、自前でシステムを持つのは難しいです。


三菱重工業株式会社 デジタルイノベーション本部 小林 周 様、松本 知浩 様

(写真左から)

三菱重工業株式会社 デジタルイノベーション本部 小林 周 様、松本 知浩 様


松本 知浩:

 メリットの件のところで、弊社は利用料金でもあるポイント制にすごくメリットを感じています。前払いでポイントを購入してそれを消費していくという形になると、研究期間がある程度短いものについても対応できる点は、すごいメリットに受け止めています。他の大手クラウドサービスでは後払いの形式が多く、研究の期間が終わった後の費用精算だと研究の予算外になるなど、我々として計上しづらくクラウドサービスを使いにくいです。その点、ABCIのポイント制はすごく使いやすいと感じています。一方で毎年1月ぐらいになると発行可能ポイントの上限が来てしまい、追加でポイントの購入が難しくなる旨がアナウンスされています。これにはちょっとヒヤッとすることもあります。もう一件ありまして、仕方ないことなのかもしれませんが、メンテナンスが少し多い印象があります。いずれも我々から声を上げることによって、何か改善の方向に進めて欲しい意味合いで申し上げさせていただきました。


小林:

 しかしABCIのような大規模な計算機を使う機会はなかなか貴重です。一般的な卓上の計算機の使い方を知っている人は大勢いると思いますが、大規模な計算機を使う人はまだまだ少なくて、大規模な計算機を使うには大規模な計算機を使うためのノウハウがあります。そのような利用方法が身につくのは、これからAI開発の仕事をしていきたいと考えている方にとって大きなメリットになると思います。一方で我々の希望として、上手い使い方をされている方にいっぱい情報発信をしてほしいとも思います。ABCIのような大きな計算機が出てきて、またセミナーも開かれているというところで、1つの大きな学会・コミュニティにもなっているような印象もあります。そういったコミュニティをどんどん盛り上げていくような形になって欲しいとも考えております。

 ABCIは大変便利に使わせていただいていますが、セキュリティ対策は最優先されますので今後も意識高く制度設計をしていただきたいと思います。またハードウェアもどんどんアップデートしますので、その流れに乗っていただいてABCIをグレードアップしてほしいです。ABCIは今2.0というバージョンだったと思います。これを3.0、4.0とつなげていただけましたら、我々も新しい研究にどんどん取り組んでいけますので、グレードアップをABCI・産総研さんと一緒に進めていければ、と考えております。


― 貴重なご意見、ありがとうございました。


三菱重工業株式会社 https://www.mhi.com/jp/


  1. 産業技術総合研究所 人工知能研究センター 人工知能セミナー:人工知能研究に関する情報交換を目的として、産総研内外の研究者を講師とするセミナーを開催中 https://www.airc.aist.go.jp/seminar/