利用事例

連載5回:パナソニック 株式会社 様

家電からソリューションへ、競争力ある技術をABCIで実現

 昨年創業100年を迎えたパナソニック株式会社様は、「事業を通じて世界中の皆様の『くらし』の向上と社会の発展に貢献する」ことを理念とし、誰もが知っている家電からさまざまな分野の社会システムまで、広大な領域で事業を展開しています。今回はそのような同社の中で、これからの研究開発・モノづくりのキーとなる、ハイパフォーマンスコンピューティング1(HPC)の推進部門責任者である宮嶋様にお話を伺いました。


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パナソニック 株式会社 イノベーション推進部門

テクノロジーイノベーション本部 HPCプロモーションセンター

所長 宮嶋 浩志 様


家電メーカーからトータルソリューションへ


― パナソニックと言えば日本でも世界でも知らない人はいない、家電メーカーというイメージです。

宮嶋 浩志(以下、宮嶋):

 これまでの家電は不特定多数のお客様に製品を売るイメージでしたが、これからはそれに加えて、IoTを活用した特定多数向けのビジネスを強化しようとしています。その中では、お客様をどう理解して、柔軟に最適化したサービスやソリューションを提供していくことができるかが大きなポイントになっていきます。


― 特定多数ということは、同じ商品を広く売るのではなく、特定の企業や集団をターゲットにする、BtoBビジネスを志向しているのでしょうか?

宮嶋:

 もちろん家電などコンシューマービジネスも継続していきますし、進化させていきます。いま我々は「くらしアップデート」というビジョンを掲げています。これは、「くらし」と言っても個人の生活だけを指しているわけではなくて、BtoC、BtoBに関わらず、弊社が関わる社会システム全体を通して、お客様の最適になるものをお届けしていくということです。

 BtoBのソリューションはさらに強化しようとしています。現実世界のさまざまな情報を、現場のセンサーやカメラで収集して、それをサイバー空間でシミュレーション/知識化した後、現実世界にフィードバックするサイバーフィジカルシステム(CPS)や、CAE(Computer Aided Engineering)、材料インフォマティクス、AI学習等、これらを当社のHPCアプリケーションとして、ABCIも含めて使っている、あるいはこれから使おうとしています。


― 個々の家電製品だけではなく暮らし、それも企業の仕事なども含めた社会全体にソリューションを提供するために、ABCIを利用するのですね。


個人情報も扱える厳格なデータ管理を、ABCI上に構築


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宮嶋:

 これは他社様と違う点だと思っているのですが、パブリッククラウド上でのAI学習やシミュレーション等の実行において、データとしてサンプルデータのみを使うのではなく、できるだけ個人情報も含む事業データを使おうとしています。  ABCIは基本的にはかなり高い情報セキュリティを持っているのですが、弊社の情報セキュリティ部門が定めている個人情報の取扱いに関する内部基準を完全には満たせていません。そこで産総研と連携して、パナソニック独自のセキュリティ環境をABCI上に構築し、事業データを直接使った研究開発の実施を可能とし、事業に直接つながる使い方をしたいと思っております。


― ビッグデータを扱うとき、個人情報保護のために個人を判別できないような加工をしなければならない場合があります。パナソニックさんの場合、そのような加工をせずにABCI上で扱えるシステムを構築するのですね。

宮嶋:

 画像の場合は、一定の加工を行うことで対応できるケースも有りますが、画像以外の事業データを取扱うケースも有りますし、そういうデータを取扱えるレベルのセキュリティを担保することが、パブリッククラウドの事業利用のハードルを下げることになると思います。


― 事業データで高いセキュリティを要するものというと、顔の画像とかですか?

宮嶋:

 そうですね、画像以外の情報もありますが、やはり画像は多いです。顔以外にも、例えばお客様の工場の画像は企業秘密だったりするじゃないですか。自動運転など公道上を走行した際の画像でも、一般の方の顔などが映っています。明らかにネットにあって誰でも見られるような、公的な情報以外は要注意ですね。また、お客様からお預かりした情報を我々が勝手に、公的なものですねと判断することもできません。


― 海外の商用クラウドだと、ビッグデータを彼らに使われてしまうのでは、という話も聞きます。ABCIは産総研のシステムなので、その点も信頼性に影響するでしょうか?

宮嶋:

 それはあるかなと思いますね。やっぱりGAFAとかは、彼ら自身のビジネスにも使うことが前提になっていますので。その点、ABCIは産学官の連携で研究開発を行っていくという目的も明確です。ひとつの安心材料になると思います。


アップグレードからアップデートへ、お客様視点での商品開発にシフト


― 「くらしアップデート」というのは、パナソニックさん独自の用語ですか?

宮嶋:

 独自という意味ではその通りで、我々が実現していく姿をこの表現で表しています。これまで我々がやってきた商品開発はアップグレードでした。アップグレードというのはいろんな機能を追加して、我々が最高だと思う商品を提供してきたんですね。でも使いきれない山盛りの機能がついていても、実際にはお客様にはほとんど必要がなかったりする。それが本当にお客様の最適なのか、というとそうではなかった。いま我々は、お客様に寄り添って最適なものを出していく、ということをアップデートと呼んでおります。


― ハードウェアの分野としては、家電製品や情報機器が中心でしょうか?

宮嶋:

 それだけではないですね。例えば、航空機内のエンターテイメントシステムなどのアビオニクス事業もありますし、工場の中のチップのマウンターのような実装機もあります。自動車関連も色々と取組んでいます。そういったいろんな面でIoTを駆使してやっていく。我々はいろいろなデバイスをたくさん持っているのが強みですが、それをどうソリューション、サービスに繋げていくかというのが一番のポイントですね。


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― オートモーティブは、最近とくに一般からも注目されています。画像認識は自動運転でも重要ですよね。

宮嶋:

 オートモーティブで最も重要なのは周囲認識ですね。走行しながら、人がいます、電柱があります、障害物がありますと認識していく必要がありますが、そういった認識の学習はデータがむちゃくちゃ多いですから一番重いですね。動画ですから、通常ではちょっとないような大きなデータになります。


― ABCIのノードを数百も同時に使うような学習を行うこともあるのでしょうか?

宮嶋:

 そうですね。トライアンドエラーで学習方法を変えたり、新規データを追加したりしてまた再学習するといったところで、かなり使っています。あとはちょっと難しいのが、我々は最終的には自動車に積まなければならないので、組み込みシステムの上で動くものにするための学習もやるということです。


競争力の源泉、材料デバイス開発にかかる時間をAIで半減


宮嶋:

 私は今、2つの立場がありまして、ひとつは全社でHPCを使う基盤をどう整備していくかという、戦略的な役割です。もうひとつは、HPCを実際に適用するアプリケーションのひとつ、材料デバイスも担当しています。


― 材料を、試行錯誤ではなくAIで作るのですか?

宮嶋:

 いろんな論文や実験データ、シミュレーションといったものから、新材料を推測するんですね。今までは「勘と経験」と言うと怒られてしまいますけれど、材料技術者さんがたくさんのノウハウを個人で持たれていて、そのノウハウから推測して実験で確かめていく、といったことをやっていたんです。それを、まずデータを集めてしまって、そこから候補をAIで導き出そうというのが材料インフォマティクスです。  これによってコストも減りますが、やっぱり時間が一番大きいでしょう。材料開発って5年とか、下手をすると10年とかかかる世界ですから、これを半減以下にしていくことを狙っています。


― 新しい技術には新しい材料が必須ですから、年単位の短縮は大きいですね。

宮嶋:

 やっぱり我々としては材料そのものを開発して、化学メーカーさんに大量に作っていただくか、あるいは自分で作るといったことは、競争力の大きな源泉になりますね。産業の両端の、サービスと材料の部分に価値がシフトしていくので、材料デバイス分野は非常に大切だと考えています。アップルのiPhoneとかにも日本のメーカーの部品がたくさん入っています。ナンバーワン、オンリーワンのデバイスを作って、他社を突き放すことがどこまでできるのか、というのは結構チャレンジングですね。


コモディティ部品で構成されたABCIの、道具としての使いやすさ


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― 他のシステムと比べて、ABCIのメリットはどんなところがありますか?

宮嶋:

 私が感じているのはコモディティ部品を多く使っているということ、デファクトスタンダードに近いアーキテクチャであるということですね。インテルのCPUとNVIDIAのGPUを使っているので、多くのソフトウェアが動く。AIのフレームワークも多数サポートしていただいています。


― まずPC環境で試してみて、それからABCIへ移行するときに違いが少ないのですね。

宮嶋:

 弊社にも、Windowsしか使ったことがない者もいますから、そういう場合はまずLinuxに慣れることから始めなければなりません。そのうえ更にインテル+NVIDIAの組み合わせじゃない、というものが来たらハードルが高いです。その意味で、コモディティ部品であるインテル+NVIDIAで構成されたABCIのハードルはかなり低いですよね。  コンピューターを使うのは目的ではなく手段ですから、別の環境に合わせて作り直せと言われたら、現場は嫌ですって言いますよね。付帯作業が多いと開発スピードにも響いてきますから、そこが一番大きいと思います。


― ABCIを使っていて、もっとこうなって欲しいという要望はありますか?

宮嶋:

 ツールソフトウェアがもっとたくさん載っているといいですね。AIを使うためのツールはいろいろありますが、それがもっと充実すると利用のハードルはさらに下がります。社内でも、情報部門が一括して購入するソフトウェアもありますが、現場が直接購入するケースでは、同種のツールでも違うものを使っている場合があります。ABCIに載っているツールが充実していくと、きわめて使いやすいですね。


聞き手 大貫 剛(ライター)


パナソニック 株式会社 https://www.panasonic.com/jp/home.html


  1. 高性能なコンピューターシステムを用いて、膨大な数値計算を必要とする計算処理を行うこと。一般的にはスーパーコンピューターを利用した科学技術計算を指すことが多い。